前回に示した図1を再掲しますが、ここにあるとおり、「気」というエネルギーが絶えず体内を隅々までくまなく循環しているのが本来の姿であると考えるのが漢方です。

(図1)
そして、各個人の「気の量」、「気の吸収・産生」、「気の循環」が障害されるのが「病気」であると考えることができ、その状態は、「気虚」「気鬱」「気逆」の3つのパターンに分けられます。
1.気虚
生体活動の源である「気の量」が不足している状態を「気虚(ききょ)」と呼びます。
これには、「先天の気」をためこむ「腎(じん)」、天地の気を取り込む「肺(はい)」、食物から消化吸収を通して「後天の気」を取り込む「脾(ひ)」などが失調して、気の産生量が不足している場合と、病気や過労などの生活習慣によって「気」を過剰に使い果たしてしまった場合などがあります。
ちなみに、漢方でいう「腎」は、現代医学でいう腎臓だけでなく泌尿生殖器全体を指す場合が多く、「先天の気」というエネルギーを蓄えるバッテリーチャージャーに例えられます。
また、「肺」とは呼吸を司る機能全体を指します。
そして、「脾」とは現代医学でいう脾臓ではなく、むしろ「胃腸」などの消化機能全般を指し、「脾」の機能が働くことで絶えずバッテリーから使われる「気」というエネルギーを補充しているというふうに、漢方では考えるのです。
具体的には、「元気がでない」「眼光に力がない」「声に力強さがない」「いつもだるい」「疲れやすい」「意欲が出ない」など、身体活動の低下や精神活動の低下、胃下垂とか脱腸とか子宮脱など、内臓下垂症状等による筋肉の緊張度の低下、食欲や性欲などの欲求の低下などが挙げられます。
気虚によく用いられる生薬は、人参(にんじん)、黄耆(おうぎ)、甘草(かんぞう)、大棗(たいそう)などの入った処方が用いられます。
気虚
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症状 |
意欲不足、全身倦怠感、慢性的な疲れ、眠気 |
よく使う生薬 |
人参、黄耆、甘草、大棗など |
気鬱
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症状 |
不安、不眠、のどの詰まり感、焦燥感、胸部不快感、腹部膨満感など |
よく使う生薬 |
半夏、厚朴、香附子、柴胡、梔子、枳実など |
気逆
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症状 |
のぼせ、いらいら、動悸 |
よく使う生薬 |
桂枝、蘇葉、薄荷、陳皮、橘皮など |
典型的処方としては、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、四君子湯(しくんしとう)、六君子湯(りっくんしとう)など。
さらに「脾(消化機能)」が疲れ、(消化機能が衰えているので)貧血傾向にあり不安やイライラ、不眠がある場合によく用いられるのが、帰脾湯(きひとう)や加味帰脾湯(かみきひとう)です。
帰脾というのは、衰えた脾(消化機能)を元に戻す(帰す)という意味です。
さらにもっと気力体力が衰えて、貧血など(必ずしも血液不足でなくても、漢方では皮膚の光沢が乏しくなるなどの症状を「貧血」と呼びます)がひどい場合、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)などが用いられます。
ここに挙げた処方は、気力体力を補うので「補剤(ほざい)」と呼ばれます。
また、バッテリーチャージャーの「腎」が衰えて機能不全を起こし、(エネルギー不足から)下肢の冷えや腰痛、排尿障害のある抑うつ症状には八味地黄丸(はちみじおうがん)などが用いられます。
2.気鬱
一方、生体活動の根源である「気」の全身への流れが停滞して様々な症状を起こすことを、漢方では「気滞(きたい)」とか「気鬱(きうつ)」と呼びます。
簡単にとらえれば、「気」が咽頭部で停滞すれば「のどのしめつけられる感じ、なんだかのどのつかえる感じ(これを梅核気(ばいかくき)と呼ぶ)」、胸の辺りで停滞すれば「胸部の苦悶感、息が十分吸えない感じ」、腹部で停滞すれば、「腹部膨満感」、頭部で停滞すれば「頭に帽子でもかぶっている感じ(頭帽感=ずぼうかん)」などの多彩な症状が現れます。
気鬱に関して頻用される生薬には、半夏(はんげ)、厚朴(こうぼく)、木香(もっこう)、香附子(こうぶし)枳実(きじつ)などがあります。
のどのつかえる感じの気鬱症状には半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)がよく用いられます。胸のつかえる感じの気鬱症状や不定愁訴では、虚弱体質の場合、香蘇散(こうそさん)などが用いられます。
体力が衰えているのに気が高ぶって、手足のほてりや神経過敏や焦燥感などがあり、心中が煩悶(はんもん)する状態(これを「虚煩(きょはん)」という)や眠りの浅い場合に、酸棗仁(さんそうにん=サネブトナツメの実)を主薬とした酸棗仁湯(さんそうにんとう)が用いられます。
酸棗仁は、先述した加味帰脾湯の中にも加えられている生薬です。
不安や抑うつがあり、脇腹や上腹部の張りを自覚している比較的体力のある例には四逆散(しぎゃくさん)や柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)などが用いられます。
また、生理不順や更年期に伴う多彩な症状には、加味逍遥散(かみしょうようさん)が使用されます。
さらに、特筆すべきは抑肝散(よっかんさん)という処方です。
元々は子供の夜泣きなどに用いられていたのですが、最近では高齢者の認知症やその周辺症状である不眠、イライラ、易刺激性などに効果のあることが分かり頻用されている処方です。
2009年度の日本内科学会認定医専門医セルフトレーニング問題でも、抑肝散を選ばせる出題があり、最近では漢方を専門としない医師も知っておくべき処方であるとの認識がうかがえます。
胃腸が弱い場合には、陳皮(ちんぴ=みかんの皮)、半夏を加えた抑肝散加陳皮半夏(よっかんさんかちんぴはんげ)を使用されることもあります。
全身へ滞りなく流れるべき「気」が体の上半身に上って行き偏る場合に、漢方では「気逆(きぎゃく)」と呼ばれ、のぼせ、ほてり、めまい、焦燥感、物に驚きやすい、など様々な症状が現れます。
気逆には気の発散作用のあるとされる桂枝(けいし)、蘇葉(そよう)、薄荷(はっか)、陳皮(ちんぴ)などに加えて黄連(おうれん)、竜骨(りゅうこつ)、牡蛎(ぼれい)などの精神安定作用のある生薬が入った処方が用いられます。
桂枝には発汗作用があり、「気の発散」作用や胃腸を守る作用なども認められています。
このように、ひとつの生薬にいくつかの作用が認められ、他の生薬との組み合わせでその有用な面が強調されたり補われたりするところが、漢方の多様性を示していると言えるでしょう。
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