漢方の治療原則と「君臣左使」
巷では新型コロナウイルスCOVID19が大流行し、都市機能が麻痺寸前です。我々の先祖も、過去に「疫病」を何回も経験しており、その名残は漢方薬の古典を読むと、随所に見られます。我々の先祖も、過去に経験のない「疫病」に遭遇しては、その時々の知恵をしぼって対応したのでしょう。
そこで、今回の疫病対策になるかもしれない漢方薬を考察してみたいと思います。少し長くなりますので、順を追って詳しく解説します。まずは、漢方治療の原則から。
漢方― 4つの治療原則
4つの治療原則を簡単に述べると、「1)冷えている人には、温熱剤で温める」「2)熱がある人は、寒涼剤で冷やす」「3)正気の足りない人は、補剤(ほざい)で補う」「4)病邪が旺盛な人は、瀉剤(しゃざい)で邪を除く」です。
漢方処方を形成する生薬は、寒温補瀉の性質と、辛・苦・酸・甘・鹹(かん:塩辛い)の5味、およびそれぞれに特有な薬効を有しています。
温熱剤、寒涼剤、補剤、瀉剤などを組み合わせてできた処方薬が、証(しょう)と呼ばれる体質に合っていると漢方薬は効果を発揮しますので、これを「方証相対(ほうしょうそうたい)」と言います。
生薬の数と効き目の関係
そして漢方薬には色々な原則があるのですが、その一つは、生薬数の少ない処方ほど効き目が鋭いということです。
例えば、こむら返りに頻用される芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)は、芍薬と甘草の2味ですので早く効き目が現れ、筋肉のこむら返りを素早く治します。
のどの痛みを取る桔梗湯(ききょうとう)も、桔梗と甘草の2味ですので、早くのどの痛みを取ります。もっと早く効果を表すために、甘草1味の甘草湯(かんぞうとう)という処方もあり、激しい咳やのどの痛みを素早くとります。
効き目はゆっくり?
漢方はゆっくりと効くというイメージを持たれる方が多いのですが、薬味数が少ないほど早く効果を表します。
逆に、薬味数が多くなると、じっくりと効果を表す処方もあります。
また、よく患者さんから長く飲んで大丈夫なのですか?という質問を受けますが、後述する理由により、長く飲むほど体が丈夫になり、体質が改善される処方がたくさんあります。
漢方薬の構成―「君臣左使」
このような漢方薬の処方は、異なる役目を持つ君薬(くんやく)、臣薬(しんやく)、左薬(さやく)、使薬(しやく)という4つの生薬で構成されています。
君薬は、君主すなわちその処方の中心を担う、最も重要な生薬です。
臣薬は、まさに君薬を大臣のように助けてその効能を増強する生薬です。
左薬は、その名の通り君薬と臣薬を補佐しそれぞれの薬効を増強したり、逆に薬が効きすぎて副作用が出るのを抑えたりします。その処方の優劣は、左薬の配合で決まると言われる程重要なポジションです。
使薬は、処方の中の生薬同士を調和させ、全体の味や性質を調整して、薬効をサポートし誘導する役目を持ちます。
この「君臣左使(くんしんさし)」を理解することが、漢方を深く理解する上で大切になります。
「君臣左使」の例1―葛根湯
実際に、有名な葛根湯(かっこんとう)で君臣左使を見てみましょう。
葛根湯は、3世紀頃に作られた傷寒論(しょうかんろん)という書物に、
『項背(こうはい)強(こわ)ばること几几(しゅしゅ)、汗なく悪風(おふう)する者、葛根湯之を主(つかさど)る。』(=頭の後ろから肩や背中がこわばり自然に発汗がなく寒気を自覚する人には葛根湯を用いるとよい)
と記載されています。
葛根湯は、葛根(かっこん)、麻黄(まおう)、桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)という、7味で構成されています。
葛根湯の君臣左使
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【君薬】:葛根
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体表にある邪熱を発汗清熱し、項背のこわばりを緩和します。くず湯としても有名ですが、胃の不調も整えます。 |
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【臣薬】:麻黄 |
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麻黄は、鎮咳、利尿のほか、それ自体が強力な発汗剤なのですが、桂枝とタッグを組むことで、さらに強力な発汗作用を発揮し、感冒による体表面の邪熱を発散させます。 |
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【左薬】:桂枝、芍薬 |
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芍薬は、筋肉の緊張を緩和し皮下の毛細血管や汗腺を保護して、麻黄と桂枝による強力な発汗作用にブレーキをかけて体温調節を適正に保ちます。 |
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【使薬】:甘草、大棗、生姜 |
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甘草は各生薬の調整役で味の調整もします。また、大棗、生姜とともに活力の源である脾胃を補い、緊張を緩和します。生姜も、体表面の邪気を払い胃腸の機能を助け嘔気などを緩和します。 |
このように、葛根湯という処方は、7つの生薬が君臣左使の法則の中で、お互いに協力して働きながら、葛根湯の証(体質)にあった人の体の中で作用していることがわかります。
葛根湯は上記の作用から、風邪症候群の初期以外にも、肩こりや中耳炎、扁桃炎、リンパ節炎、乳腺炎、風邪の胃腸症状などと、応用範囲が広いことがわかります。
「君臣左使」の例2―麻黄湯
類似処方に麻黄湯(まおうとう)があり、よく高熱、悪寒、発汗のない症状としてインフルエンザなどに使われます。
構成生薬は、麻黄(まおう)、桂枝、杏仁(きょうにん)、甘草の4味です。
麻黄湯の君臣左使
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【君薬】:麻黄
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鎮咳、利尿、発汗 |
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【臣薬】:桂枝 |
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桂枝は麻黄との組み合わせでさらに強力な発汗作用 |
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【左薬】:杏仁 |
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杏仁は、麻黄を助けて寒を去り、咳止め去痰作用を示します。 |
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【使薬】:甘草 |
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甘草は急迫症状を緩和し、生薬同士の調和を図ります。 |
麻黄湯が葛根湯と決定的に違うのは、発汗作用にブレーキをかけて体温調節をする役目の芍薬や、胃腸を守る大棗、生姜が入っていないということです。
ですから、麻黄湯は、インフルエンザなどの、急激な発熱と、まだ発汗のない時期に、数日服用して汗を出し、熱を下げるのには向いています。
が、胃腸を保護する働きがないため長くは飲めず、長期(5日以上)に服用すると、発汗のしすぎで体内の水分代謝が乱れたり、胃腸を害してしまいます。
そのため麻黄湯の処方は、短期間にするべきなのです。
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